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文の文

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井上ひさし

「文学館の住人たち」

井上ひさし氏は仙台文学館の館長である。
その勤務状態は悪い。石原慎太郎より悪い。
が、カルチャーの講座を開いているので、そこらへんは石原慎太郎を抜いていると思う。

仙台文学館は学芸員も多く、みな仕事のできるひとたちだから
何もしないほうがいいというサジェスチョンもある。
「長とついたらなにもするな」と。
しかし、やめたくてもやめさせてもらえなくなっている。

仙台文学館は大きな森の出口にあり環境のよい建物の凝った文学館なのだが、
あまり客がこない。
議会が数字を気にするので、館長である井上さんが入り口を出入りしてカウントを上げて、せめてもの罪滅ぼしをしている。

仙台は後に名をなすひとが、旅や留学で、文学的飛躍の準備をする不思議な町である。
ある時期仙台に住み、仕事をし、勉強し、修業する。
そのあといきなり仕事が飛躍する。土井晩翠、藤村や魯迅などがそうだった。
現在は住みながら活躍する作家もいる。

文学館内は常設と催し物、ふたつの会場がある。
井上氏は常設が好きだ。ひとがいなくてゆっくりする。
仙台ゆかりの藤村、晩翠の原稿、手紙が並ぶ。
特に魯迅のコーナーが好きだ。

魯迅の言葉や魯迅のまわりにいた仙台のひと、小説の人物、
100のペンネームを持って書いた評論の一節などが展示されている。
その前に立つと魯迅の声が聞こえてくる。

秋篠宮ご夫妻が文学館にお見えになることになった。
それは文学館始まって以来のことでたいへんだった。
宮内庁からいろいろご注意がある。
控え室で出す菓子は、せんべいなどの音の出るお菓子はダメ。
音を立ててものをお食べにならないからだという。
かわいそうだ、基本的人権はどうなっているのかと井上氏は思う。

タオルは新しいものはダメ。
新しいものをいったん洗って干してやわらかくなったものを置く。
エレベーターは館長が運転する。
ご夫妻は最後に乗られ、最初に出られる。
スケジュールは秒刻みだ。

県警から「冗談は言わないでください。ギャグを入れないように」ときつく言われた。
なぜと聞くと「おわかりになりませんから」という答えだった。
人格無視の話だ。
「宮様が冗談をおっしゃったらどうする?」と聞くと
「冗談をおっしゃる方ではありません」という答えだった。

そして、宮内庁の女官長みたいなひとがきりっとして細かく取り仕切るのだった。
井上さんはなんとか予定を狂わせたいと思った。
ささやかな天皇制への反抗だ。そのスケジュールをこわそうと決心した。

しかし、実際は、紀子さんは魯迅をよく読んでいて、その感化で秋篠宮も読んでいて5分間くらい魯迅の展示のまえで止まっていた。
女官長がウロウロしていた。ささやかな抵抗が成功した。
ふたりにも魯迅が聞こえたのだと思った。

魯迅は上海で隠れ住んだ。北四川路の内山完造書店が連絡先になっていた。
内山完造はセールスマンだった。妻は京都の舞妓であり仁丹の株を持っていた。
中国の商人は踏み倒さないので信用大事の完造は中国が好きになった。
日本人3万人の町で内山の妻は本を日本から取り寄せていた。
それが評判になって本屋になった。

当時の日本は翻訳大国で外国のことを取り入れようとして、どんな国のこともいっしょうけんめい勉強した。
日本語を勉強すると40カ国の本を読むことができたので、中国の客も出入りするようになり、内山書店ができあがった。
魯迅の連絡所であり、魯迅は散歩してここに立ち寄った。
郵便物の受け渡しや原稿料の振り込みなどもここでしていた。

魯迅は優秀な少年だった。
父が病気で、お祓いなどの古い治療法で死んでしまったので、医者になろうと思い清国の留学生として日本へ来た。
東京で二年間日本語の勉強をした。その間、日本語で中央公論に論文を書いたりしていた。

清国からの留学生の中には遊びほうけるなど多少問題のあるひとが多かったので
魯迅は清国人のいない仙台の医学校(東北大学医学部の前身)へ入った。
そこで魯迅は藤野先生に出会う。
藤野先生はひどいやぶにらみで顔を正面にむけても目はあさってのほうをむいていた。
色が黒くやせており、八の字ひげを生やし、眼鏡をかけていた。
頭蓋骨の第一人者だが、マント姿でいつも頭蓋骨を抱えて仙台の町を走っていた。
何度も警察に捕まった。

魯迅の短編「藤野先生」にあるように魯迅に医学を教えた。
最初の講義が終わって、藤野先生はノートが取れたかと聞き、語学の天才魯迅もわからなくて抜かしたところがあると答えた。
そのノートを先生が預かって綿密に埋めた。
文法の間違い漢字の間違いなども徹底的に添削した。それは学校にいる間じゅう続いた。
そこで魯迅の日本語の力が上がった。

そのノートは北京の魯迅文学館にある。4冊ある。
当時のノートを作る実力がわかる。きちんととめてあって、良質の紙に透かしが入っている。
それに講義の内容、絵、藤野先生の赤ペンがぎっしり埋まっている。
すごい先生と毎週ノートを充実させていたのがわかる。
国と国との関係のみならず教師と生徒の関係に感動する。

4つある魯迅博物館のひとつ上海記念館は隠れ住んだ建物の3階にある。
一軒一軒が3階まである区切りのついた長屋だ。
その書斎には感動する。三省堂の字引があり、藤野先生の写真があり、
藤野先生が書いてくれた言葉「惜別」がある。
魯迅は医学校を中退した。嘘をついてやめている。
そのときに先生と写真交換をした。

蒋介石が魯迅の首に懸賞金をかけ指名手配していた。

藤野先生と魯迅の間に2年足らずの交流だったが
一生目の前に写真をおいて仕事をする作家を生み出した。
基本は人間と人間のかかかわりである。

真鶴に中川一政の実術館がある。そこにこんな文章がある。
我々ひとりひとりは古今という時間の軸と東西という空間の軸の交わるところに生きている、というものだ。

仙台文学館では魯迅の日本観が聞こえてくる。
日本人は全員が悪人ではない。日本人にも素晴しいひといるし
とんでもない悪人もいる。
なになに人という言い方は間違いだ。
ひとりひとりさまざまあって、たまたまある国に生まれただけのことであって
一括する言い方をすると必ず間違う、と魯迅は言う。

中国人はひとりも日本に鉄砲を持って入って来てはいない。
日本はそれをしたのだ。

日本は中国からいろんなものを勉強した。
法律は大和朝廷の律令、思想は共通価値のための仏教、中国文学などを輸入し
中国に対する恩は山ほどある。
日清戦争に勝手国家予算の3倍の賠償金を取った。そのお金で東北、山陽本線を作った。
金塊を買い、それを担保にして日本の金の保証にし、それで貿易が盛んになり
鉄工場を作った。
海外に留学生を送りだした。その一回生が夏目漱石である。

医学会ではスライドを良くやった。
当時は幻燈ばやりだった。今でいうとブログみたいなものかな。よくわかんないけど。

日清戦争のスライド集を見ていて、一枚のスライドが魯迅の気持ちを変えた。
中国の男が軍人に首を切られる瞬間が写っていた。
取り巻く人のなかには偉いひとが酒を飲みながら処刑を見ていた。
中国人も笑ってみていた。
魯迅はそんな中国人、自分たちは何なんだとショックを受けた。
身体のまえに心を治さなければならない。心を治すには文学しかない。
医学か文学か。
スライドを見て一刻も早く必要だと思った。いい文学を自分たちが作らねばならない。

医学生を辞めるにあたって、藤野先生にどう言うかを悩んだ。

藤野先生は医学校の寮長をしていたが、東北大学医学部のなるときに
医学部の教授の資格を審査があり
外国にも行ってなかったし論文を書いてなかった藤野先生は首になった。
学生を大事にしたことは考慮されない。
藤野先生は福井県の小さな町のいい開業医になった。
そういう人を大学は大切にしない。

後に魯迅はなんとか先生に会いたいと思ったが行方がわからなかった。
昭和12年藤野先生は往診の途中に死亡した。
「藤野先生」という作品を中国文学者に言付けたがついにその手に渡らなかった。
魯迅はその作品を生み出すために小説を書いた。

アメリカの人口3万都市1236の全米市長会議では、アンケートを出している。
4択である。
1.核はアメリカだけが持つべきだ
2.核はアメリカの友好国だけが持つべきだ
3・核は現状のままでいい
4・核はアメリカも持つべきではない
68パーセントの市長が4に○をつけている。
3分の2が核を持つべきないと思っている。
要望書を政府に突きつけたが無視された。
アメリカは離脱した京都議定書に戻るべきか?というアンケートには
98パーセントの市長が入りなおすべきだとした。
結果を連邦政府に要求した。

日本のある人たちに対して魯迅は徹底的に筆をふるっている。

アメリカは、というとき、魯迅を考えるとき
中川一政が言ったように
みんなそれぞれが時間と空間の交わるところにひとりひとりが生きているのだと
ひとりひとりがちがうことに思いを馳せる。

そうしないとやすやすと仮想敵にされてしまう。それが一番あぶない。
予算というお金が動く。間違いにつながっていく。
どちらにもいいひとがいて簡単にどちらかが悪いといってはいけないと説明した。
そういうことを紀子さんと旦那に言った。

そんなふうに秋篠宮夫妻のスケジュールを狂わせた。
文学館にはそういう力がある。文学の力である。
冗談も言った。そのたびに女官長さんが慌てた。

作品を残す。作品を愛するひとが文学館を作る。
その前に立つと必ず声が聞こえる。読むだけで声が聞こえる。
そういうことをさせる機能がある。
見ているひとを魯迅にする力がある。
文学を楽しんでほしい。


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